昔好きだった歌をたくさん歌うと
一気に記憶がはっきりする
笑って歌っておしゃべりして
まず自分が楽しんで
繰り返す記憶を何度でも
一緒に共感して辿って
話が尽きたら
分厚い昔の歌集
今日はどれ歌いましょうか？
りんごの唄など
勝手に歌い出すと
たちまちリードされてしまう
歌詞も見ずに最後まで正確に覚えていて
美しい声で自分より上手でうっとりする
次のときは
歌おうとした途端 ハッとして
現状認識を全て正確に取り戻していたりする
もう戦後じゃない
一番ビックリしたのは
ほぼ無表情だった生気のない人のベッドに並んで座って
小さいピアノを鞄から取り出したら
ピアノを見た途端
「思い出した！」
と大声で叫び腕をもの凄い力で掴まれた瞬間
次の瞬間には 力を緩め
「たくさん 歌ったわね！」
と顔を覗き込み 優しく微笑まれてほっとした
それまで延々と繰り返していた昨日の空襲の話や
自分のきょうだいを娘のきょうだいのように
混乱していた話も訂正して
現在のことまで
忘れてしまいたかった悩みも 寂しさも
自分はいない方がいいのではないかという思いも
違うと否定した言葉は救いになっただろうか
「そうかしらねえ」
俯いて呟いた
一番切なかったのは
お見送りするのだと言って
帰りに玄関の外の道路まで出て来て
パジャマのまま 皆に囲まれて
いつまでも笑顔で大きく手を振っていた姿
「またね またね」
もう次は来られないことも伝えられないまま
こんな優しい人に育てられたかった
人生の最後まで幸せに生きるのは
とても難しいことだと分かる
意地悪なひとなら自業自得でも
優しくて上品で素敵なひとでも
悲しい思いをするのだとしたら
どう生きればいいのか
どう生きてもだめか
仕方のないことなのか
幸せをどこに求めればいいのか
とりあえず認知症にならないように
おしゃべりをたくさんできる安心な環境を
何とかして見つけよう
趣味を増やし できれば人の役に立ち
孤独な人に話しかけ できれば笑わせて
自分も幸せになれる気がする
難しいけれど 少しずつ
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