1946年
日本国憲法公布の日
ビートルズだって
ちゃんとヨーコの許可を得て
ジョンレノンの歌声をAIで復元し楽曲制作に利用できた
ベートーヴェンの「エリーゼのために」も
1867年にノールが出版できたのは
テレーゼから譲り受けて自筆楽譜の所有者となったシャハナーの
母バベット・ブレドルの許可を得たからだった
昨日読んでいた「エリーゼのために」のエリーゼ問題
最近テレーゼ説を否定して
エリーザベト説を正説と示唆する意見が目立つから改めて検証
それまで知人の中に見つからなかったけれど
エリーゼと呼ばれていた女性がいたことが分かったからだと
それは友人の妹で
エリーザベト・レッケルという作曲家フンメル夫人
教会の書き物にエリーゼと署名されていたからだというのが
コーピッツが提唱したこの説の根拠
2009年だからそんなに最近の新説ではなく
諸説あるうちの一つという認識でいいと思う
でもそれは教会の神父が誤って代筆したものだと主張する人もいる
誰かが彼女をエリーゼと呼んでいたという記録もなく
本人も産後の外出を許され改めて出向いた際
署名をエリーザベトと書き直したという
以前ベートーヴェンから贈られたペンと
死の床で譲り受けた短い頭髪を保管していたという話はあるけれど
もしも曲を贈られたのならそれを1番大切にしていたはず
なぜテレーゼの遺品の中に「エリーゼのために」の自筆譜があったのか
約束したものを添えて送りますという
ベートーヴェンからの手紙とともに
自説としては
献辞はベートーヴェンが書いたのではなく
おそらくはテレーゼの死後にテレーゼから
所有するピアノや楽譜の全てを遺贈された友人シャハナーが
自分の妻子のエリーゼ・シャハナーのための贈り物として書き加えた
そうでなければテレーゼの命日である4月27日という記載の
理由がつかない
”エリーゼのために、4月27日、L.v.Beethovenの思い出として”
ベートーヴェンの自筆に似せて書いたのかな
ちょっと格好つけて
それならノールがエリーゼと読んだのは当然で
ベートーヴェンが悪筆だったからという
不名誉なことが題名の一番有名な理由になってしまったのは
気の毒な偶然の悪戯か
"Now And Then"
ジョンレノンとビートルズの最後の新作
とてもお洒落で美しく切ない
私のようだ
大谷いろいろ受賞
日本人に対する偏見があったって
史上最高の選手であることは
誰にも否定できないだろう
GOAT(Greatest of All Time)賞
ヤギも可愛い
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